東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1677号 判決 1958年2月24日
控訴人(被告) 東京入国管理事務所主任審査官
被控訴人(原告) 成田まち子こと成町子
原審 東京地方昭和三〇年(行)第四九号(例集七巻七号184参照)
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を、また被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において「被控訴人は韓国人たる母金孟児が本邦に密入国後、同人の産んだ韓国人であつて、未だ在留の許可を受けたことなく、従つて本邦に在留する資格のない者であることは争わない。特別審理官の判定に対し、法務大臣に異議申立をしたのは、金孟児のみであり、被控訴人は右申立をした事実がない。」と述べた外、原判決事実摘示と同一につきこれを引用する。
証拠関係<省略>
理由
被控訴人の母金孟児は、昭和二十五年五月四日連合国最高司令官の承認を受けず本邦に不法入国した韓国人であつて、右密入国後昭和二十六年十月二十八日韓国人たる成永謨との間に京都市において被控訴人を生み、被控訴人は出生後引続き本邦に在留したが、出入国管理令(以下単に管理令または令と略称する)の定めるところに従い出生後三十日以内に法務大臣に対し在留資格取得の申請をしたことなく、現在本邦に在留する何等正当の資格を有しないものであること、母金孟児は昭和三十年一月頃右不法入国の事実につき東京入国管理事務所において調査を受けた上収容令書によつて収容され、被控訴人もその頃収容されたが、同年二月四日に母とともに仮放免により釈放されたこと、控訴人は同年三月十五日付で金孟児に対し、退去強制令書を発付したところ、同一令書に被控訴人が随伴者として表示され、その氏名生年月日及び年令が記載されていること、及び被控訴人は同年四月二十五日右令書の執行として収容され、同年五月二日身柄を大村入国者収容所に送られたことは、いずれも本件当事者間に争がない。被控訴人が本件退去強制令書発付処分の取消を求める理由の要旨は、そもそも被控訴人に対しては初より収容令書の発付が請求されていないのに拘らず、収容令書が発付され、入国警備官の違反調査も、入国審査官の審査並に認定も共になされず、また特別審理官の口頭審理も法務大臣の裁決もなされなかつたと認むべく、仮りにこれらがなされたとしても手続上重大にして且つ明白な瑕疵あるため無効であり、更に無効でないとしてもその違法たることは疑ないので、これ等有効な前提手続が存するものとしてなされた退去強制令書の発付は当然に無効であるか、少くも取消しうべき違法な処分というべく、また右退去強制令書には管理令第五十一条所定の要件である国籍及び処分理由の記載が欠けており、従つてその方式においても右令書の発付は無効若しくは取消しうべきであると主張するのである。よつて以下右主張の当否につき検討する。
(一) 先づ管理令の規定する退去強制に関する手続の概要を一覧するに、同令第三十九条第四十四条第四十五条等によれば、入国警備官は容疑者が同令第二十四条各号の一に該当すると疑うに足りる相当の理由があるときは、その請求により主任審査官の発付した収容令書によつて容疑者を収容することができ、その身柄拘束後四十八時間内に調査及び証拠物と共にこれを入国審査官に引き渡すべく、入国審査官が右引渡を受けたときは、容疑者が前条各号の一に該当するか否かを速に審査しなければならぬ旨規定されており、入国審査官の審査の結果、前記各号の一に該当すると認定したときは、理由を付した書面を以て主任審査官及び容疑者にその旨を知らせることを要し、右認定に異議ある容疑者は三日内に特別審理官に口頭審理を請求し、その審理の結果なされる判定に対しても異議ある場合は、更に三日内に法務大臣に異議の申立をすることができる、そして法務大臣の異議申立を理由なしとして棄却する裁決があれば、司法上その裁決の取消を求めるのは格別、行政上の手続としてはその者の退去強制を受くべきことは終局的に確定してこれを争い得ざるに至り、主任審査官は退去強制令書を発付し、入国警備官においてその令書を執行する順序となるのであつて、同令第四十七条以下にそのことを規定しているのである。従つて右審査に関する一連の手続が形式的に確定するにおいては、最早その前提手続に不当若しくは違法の廉あることを主張して退去強制令書の発付を非難し得ない筋合であるから、本件においては、果して被控訴人の主張するように、被控訴人に対し実際に審査等の手続が行われたか否か、その手続に当然無効の事由が存するか否か、更に退去強制令書の発付を方式違反の故を以て無効若しくは取消しうべきものと見るか否かの諸点のみが問題となり得る訳である。
(二) 収容手続について
成立に争のない乙第一号証の二(なお乙号各証は凡て成立に争ないので、以下これが記載を省略する)によれば、容疑者の収容場所を東京入国管理事務所とする収容令書の氏名欄には金孟児と並び随伴長女として被控訴人の氏名、生年月日を併記してある故、被控訴人に対し収容令書の発せられたことは明らかであつて、該令書には被控訴人の国籍、居住地、容疑事実の要旨等が特記されていないけれども、被控訴人が金孟児の随伴長女として表示され、且つ母金孟児の容疑事実として、同人が昭和二十五年五月五日頃連合国最高司令官の許可を得ることなく、済州島より乗船して不法に本邦に上陸した事実を掲げてあるのと、令書に明記する被控訴人の生年月日(昭和二十六年九月二十二日)とを対照すれば、被控訴人の国籍居住地が金孟児のそれと同一であり、被控訴人は金孟児の不法入国後、同人の長女として本邦において出生し、正当の資格なくして不法に残留することを容疑事実とすることは令書自体により自ら明かであるから、右令書は被控訴人に対する関係においても一応有効のものと見るべきである。そして当審証人福留洋の証言及び乙第一号証の一の入国警備官作成にかかる収容令書発付請求書の容疑者欄に金孟児の氏名のみを表示し、同人が昭和二十五年五月五日頃不法入国した容疑事実を記載すると共に、備考欄に随伴者成田まち子(女)昭和二十六年九月二十二日生と記載してある点を併せ考えれば、被控訴人が金孟児の不法入国後に出生した無資格残留者であることの管理令違反事実は既に当局に発覚しており、入国警備官としては被控訴人をも金孟児の随伴者として収容並に審査の対象とする必要ありとして、右の如き収容令書発付請求書を作成して主任審査官に提出したものであることを窺い得べく、且つその故にこそ入国警備官は金孟児並に被控訴人に対する前記収容令書に基き右両名を収容したものであると認められる(若しも入国警備官において被控訴人を収容する必要を認めず、これに対する収容令書の発付を請求したのでないのに、誤つて収容令書が発付されたものとすれば、入国警備官が右令書を返付することなくしてこれを執行し、被控訴人を収容するというが如きことは、通常考え得られないところである)。被控訴人はなお右令書の執行に当り、被控訴人に対する収容の理由が示されず、収容手続書も存在しないこと(収容手続書の存しないことは争がない)を指摘するけれども、被控訴人に対し収容令書が発せられ、これが執行されたことは前記のとおりであり、右指摘の事実があつたからといつてこの認定を左右するに足りない。
(三) 違反調査手続について
当審証人福留洋の証言及び乙第二号証第十六号証等を綜合すれば、入国警備官福留洋は昭和三十年一月二十一日頃、金孟児及びその長女被控訴人を対象として管理令第二十四条各号の一に該当する事犯の有無につき調査を行い、違反調査書(乙第二号証)並に右調査書を添付した調査報告書(乙第十六号証)を作成したのであるが(前者は上司に対する事務上の報告書、後者は当該事件の記録として入国審査官の許に廻付すべき書類であつて、何れも令第二十九条の規定に基く調書ではない)、その調査に当つては被控訴人の保護者たる母金孟児に就き、金孟児自身並に満三歳の意思無能力者たる被控訴人に対する各容疑事実を取調べたものであることが認められる。即ち乙第二号証の違反調査書には、金孟児に関する事項以外に随伴者の欄に、被控訴人の氏名、続柄、性別、生年月日及び被控訴人が令第二十四条第七号に該当するもので、同一事犯として処理方を希望するものである旨の記載が存し、「成田まち子を随伴として処理して下さい」との記載個所に金孟児の署名拇印がなされてある。そしてこれを卒直に解すれば、金孟児だけでなく、被控訴人についても違反調査がなされ、被控訴人の容疑事実は明かにされたのであるが(調査報告書には単に令第二十四条第七号該当とのみ記載してあるけれども、被控訴人が不法入国者たる金孟児の本邦において生んだ子であることからして、被控訴人が法定期間内に在留資格を取得せずして不法に残留する事実を指すものであること自ら明かである)、被控訴人は意思無能力の幼児であつて母親と運命を共にすべき関係にある故、これを金孟児の「随伴者」として爾後同一の手続において併括処理することを便宜とし、且つ金孟児も被控訴人の保護者としてこれを希望する旨を表明したものであること何等疑のないところであつて、該調査書に被控訴人の国籍、出生地、住所滞留地等の記載がないからといつて(特に記載がないのは、出生地を除き母金孟児のそれと同一であるとする趣旨と思われる)、また容疑事実の記載が同第二十四条第七号該当というだけでは十分でないとしても、それだから被控訴人に対する違反調査が全然なされなかつたものと即断するのは誤であるといわなければならない。なお前記証言並に乙第十五号証によると、金孟児本人の供述調書(令第二十九条の規定による調書)は作成されたが、これとは別に被控訴人に関する供述調書即ちその保護者たる資格における金孟児の供述調書は作成されてないこと明かであるが、それは入国警備官においてその必要を認めなかつたことによるものというべく、本件の如く容疑事実が極めて簡明であり、他の資料によつて悠にこれを証明しうる場合であれば、その者の供述調書を作成することは必要ではないので、被控訴人に関する供述調書の作成がないことを理由に被控訴人に対しては違反調査がなされなかつたものと推論することは相当でない。
(四) 審査手続について
上述のとおり、被控訴人は母金孟児と共に管理令違反の容疑者として調査され、且つ収容令書の執行を受けたのであるから、管理令第四十四条第四十五条の各規定に従い、被控訴人は身柄拘束後四十八時間内に入国警備官より入国審査官に引渡され、入国審査官において同令第二十四条各号の一に該当するかどうかを審査すべき順序となるのである。しかるに、入国審査官が金孟児に対する審査並に認定をしながら、同人の随伴者として同一手続において併括審査さるべき被控訴人に対し、全然審査をしなかつたというが如きは、特殊の事由がない限り普通には考え得られない事柄に属する。現に乙第三号証の審査調書を見るに、その冒頭に容疑者金孟児と並んで随伴者成田まち子(三歳)の氏名を掲記し、且つ金孟児の供述内容として「長女まち子は昭和二十六年九月二十二日私が不法入国後に京都の夫の実家で出生しました。まだ外国人登録はしていません。まち子は随伴として下さい。」と記載してある故、入国審査官は被控訴人に対しても審査を遂げ、右の同一調書を以て金孟児並に被控訴人に対する審査調書に兼用したと認めるのが相当である。そして入国審査官の認定書(乙第四号証)及び認定通知書(同第五号証)にも、金孟児の氏名の外、随伴者成田まち子の生年月日(但し通知書には生年月日の記載がない)を記載してあることと原審証人大竹又三の証言を綜合すれば、入国審査官大竹又三は金孟児並に随伴者被控訴人について容疑事実の審査を行つた結果、被控訴人は管理令第二十四条第七号前段に該当し、金孟児と共に本邦外に退去せしめられるべきであると認定し、その旨被控訴人の保護者たる金孟児に通知した事実を認めるに十分である。右認定書並に認定通知書中、認定要旨の欄に随伴者成田まち子に関する認定事実並に該当条項の記載を欠いているからといつて、被控訴人を本邦外に退去せしむべきか否かの審理並に認定が全然なされなかつたものということはできない。尤も随伴者たる被控訴人につき認定した退去強制理由が金孟児に対するそれと異る以上、当然認定書に被控訴人に対する認定理由を記載すべきものであるのに、その記載を欠如することは違法たるを免れないけれども、容疑者が入国審査官の認定に対し異議を申立て、その異議に関する審理の結果これが是正されたときは、その違法は結局において治癒されたものと見るのが相当であり、本件においても、次に説明するとおり異議手続の最終段階たる法務大臣の裁決において被控訴人に対する容疑の事由が記載されているのであるから、被控訴人は前記入国審査官の認定書等に存する瑕疵を捉えてこれが無効を主張する利益を失うに至つたものといわざるを得ない。
(五) 口頭審理並に法務大臣に対する異議申立の手続について
当審証人鶴田松治、原審証人笹平武保、田中角司、根本真一の各証言及び当審における被控訴人法定代理人金孟児の供述中「鶴田係官より密航者の母が生んだ子も日本に居る資格はないと云われたことがある」旨の部分と、乙第七号証(判定書)第八号証の一(異議申立書)同二(不服申立書)第九号証(裁決書)第十号証ないし第十二号証(裁決結果通知に関する書類)等を綜合すれば、金孟児は自己並に随伴長女たる被控訴人に対しなされた入国審査官の認定に対し異議を申立てたので、特別審理官は昭和三十年一月二十四日両名に対し口頭審理を行い、入国審査官の認定を相当と認め、口頭審理の請求を理由なしとする判定を下したところ、更に金孟児より容疑者本人並に被控訴人の保護者として両名につき法務大臣に対し異議の申立をしたため、同大臣において審議の結果、同年三月三日金孟児は外国人登録令第十六条第一項第一号に、随伴者被控訴人は出入国管理令第二十四条第七号に各該当し、何れも異議は理由なしとの裁決をなし、その頃金孟児にその旨通知した事実を認めることができる。既に金孟児並に被控訴人両名に対し国外退去の認定がなされたに拘らず、金孟児が同人自身についてだけ異議の申立をし、被控訴人のために異議申立をすることなく放置したというが如きは、常識的に考えても甚しく不自然であるばかりでなく、乙第八号証の二の不服申立書に「私達親子を義父や夫の許に在留させて下さいますよう御許し下さいませ」とある記載の趣旨にも反し、金孟児の当時の本意に添わないものというべきである、当審における金孟児の供述によれば、特別審理官も法務大臣も共に被控訴人のためにする異議申立がないのに拘らず、これありと誤認して随伴者たる被控訴人に対し口頭審理並に裁決を行つたこととなる訳であるが、右の供述は到底措信することができない。なお法務大臣の裁決書には、被控訴人を金孟児の随伴者として表示し、これに対する適用法条として管理令第二十四条第七号該当と掲記してある故、同号のうちの何れの場合を指すか一見明瞭でなく、裁決理由として不備であるとの非難もあり得るが、被控訴人が不法入国者の生んだ子として法定期間内に在留資格取得の申請をせず、不法に本邦に残留することの容疑事実は終始当事者間に争がなかつたことから考え、この程度に適用法条を示してある右裁決は有効たること疑なく、これを恰も全然理由の記載していないものと同一に論ずることはできない。
これを要するに、被控訴人が管理令第二十四条第七号に該当し、本邦外に退去を強制さるべき者であることは裁決により確定し、裁判上これが取消を求める以外には、最早これを争い得ざるに至つたものというべく、従つて主任審査官において管理令第四十九条第五項の規定により被控訴人に対し過去強制令書を発付したのは当然であつて、何等の違法なきものといわなければならない。
(六) 退去強制令書について
被控訴人は、出入国管理令第五十一条には過去強制令書の方式として国籍及び退去強制の理由を記載すべき旨定められているに拘らず、本件退去強制令書にその記載がないのは(右記載の欠けていることは当事者間に争がない)違法であり、かかる令書の発付は当然無効でないとしても取消し得べきものであると主張する。しかし、右令書には被控訴人を金孟児の随伴者として表示し、その氏名続柄生年月日を記載してあるのであるから、母金孟児につき国籍を記載しながら随伴者たる被控訴人のそれを特記しないのは、両者の国籍が同一であることを示す趣旨とも解しうべく、また令書に退去強制理由の記載を欠いているからといつて、既に入国審査官の認定より法務大臣の裁決に至る一連の手続において、終局的に被控訴人の退去強制理由が明示され、その国外退去義務の存することが確定している以上、前記の瑕疵は令書の発付自体を取消さなければならぬ程の実質的重要性あるものではなく、令書自体の効力には何等影響なきものと解するのが相当である。それ故右に反する被控訴人の主張は理由がない。
以上の次第で、本件退去強制令書の発付は、出入国管理令所定の前提手続を経由して有効になされ、令書自体にもこれを取消すべき瑕疵あるものといい得ないから、右令書の発付処分の取消を求める被控訴人の請求はこれを排斥するの外なきところ、原審がこれと異る見解に立つて該請求を容れたのは失当につき、原判決は取消を免れない。よつて本件控訴を理由ありとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条第九十六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 薄根正男 奥野利一 山下朝一)